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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和29年(ネ)5号 判決 1956年9月27日

控訴人 黒松正済

被控訴人 国

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金七十四万千八百十六円及びこれに対する昭和二十七年三月七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をなせ。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、

(一)金百四十八万三千六百三十二円及びこれに対する昭和二十七年三月七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員、(二)昭和二十七年三月七日以降前項金員完済に至るまで毎月金五万円宛の金員並びにこれに対する年五分の割合による会員の支払をなせ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、本件船舶は昭和二十四年一月二十四日税関官吏差押の当時も、同年五月三十日訴外宇辰重夫、真辺盛彦等に対する関税法違反被告事件の差戻前の第一審判決言渡当時も、船長榎木栄太郎及び機関長大坪光雄がこれを占有していたもので、訴外宇辰、真辺等が占有していたものではない。すなわち、船長榎木栄太郎は同船の運航を指揮し、機関長大坪光雄は船主たる控訴人の代理人として同船に乗組んでいたものであつて、訴外宇辰、真辺等は右船長及び機関長の承諾なくしては一瞬の航行も不可能であり、船長や機関長は訴外宇辰、真辺等の懇請を斥け密航を肯じなかつたのである。仮りに、控訴人から本件船舶の管理を託されていた訴外岩元喜一郎が訴外宇辰に一時賃貸したとしても、それは昭和二十四年一月十九日頃種子島までの一航海三日間の契約であつたのであるが、訴外岩元は、同月二十二日夜訴外宇辰等が奄美大島方面への密航の企てを告げ、その諒解を求むるや直ちにこれを拒否し、右賃貸借契約を解除し、同船を船長である訴外榎木栄太郎に引渡さしめたのである。又仮りに、訴外宇辰、真辺等が依然これを占有していたとしても、同人等は船主の意に反し、ほしいまゝに同船を使用することを決意したのであるから、右占有は正権原に基くものとはいゝ難い。昭和二十五年四月三十日法律第百十七号による改正前の旧関税法第八十三条第一項の「犯罪行為の用に供した船舶で犯人の占有に係るもの」を没収するには、裁判言渡当時の船舶に対する占有関係を基準とすべく、且つ、その占有関係は正権原に基く場合に限られるのであるから、以上いずれの理由よりしても本件船舶はこれを没収することができない。しかも、本件船舶は、その換価処分当時においては既に検察官の所管を離れ、鹿児島地方裁判所に係属せる訴外宇辰、真辺等に対する関税法違反被告事件の証拠物として同裁判所に押収され、同裁判所の所管に帰していたものである。かように、一旦証拠物として裁判所に提出され、裁判所において証拠物として押収した後は、換価処分の必要があれば裁判所の決定を以てこれをなすべく、検察官が妄りに独自の指揮で処分することは許されないのであつて、実務上の取扱においても従来そのように処理されて来たのである。たゞ例外として検察官において押収中の没収可能の物件につき滅失等の虞ある場合には、当該被告事件の係属せる裁判所の許可を得て物件の処分をすることが認められているに過ぎない。ところで、本件船舶の換価処分をなした検察官は右被告事件に対する控訴審の差戻判決があつたこと及びその判決理由が本件船舶の没収の適否にあつたことを知りながら、裁判所の許可を得ないで本件換価処分をなしたのであるから右換価処分は違法である。昭和二十七年七月二十三日鹿児島地方裁判所において言渡のあつた差戻後の右関税法違反被告事件の判決によれば、同裁判所は押収に係る貨物の換価代金については没収の言渡をなしたのであるが、本件船舶については没収の言渡をしなかつたのであるから、刑事訴訟法第三百四十六条によりこれに対する押収を解く言渡があつたこととなり、右判決は当時確定しているから、若し前叙の如き検察官の違法な換価処分がなかつたとすれば、本件船舶は当然にその差押当時の占有者であつた船長榎木栄太郎に還付され、控訴人の右船舶に対する所有権の喪失は生じなかつたのである。この違法な換価処分は検察官の故意に出ずるものとはいゝ難いにしても、少くともその過失に基くものであるから、被控訴人は、これによつて控訴人が被つた損害を賠償すべき義務がある。仮りに、なんらかの理由によつて本件船舶の没収が可能であつたとしても、これによつて右確定判決の効力を左右し、検察官の違法な換価処分を合法化することはできず、その責任を阻却するものではない。しかして、本件換価処分のなされた昭和二十七年三月七日当時における本件船舶の船体、機関及びこれに備付けてあつた電気設備の価格は合計金百六十一万八千六百三十二円に上るのであるが、右はいずれも控訴人の所有に属するもので、控訴人は検察官の違法な本件換価処分によつてその所有権を喪つたため、右金額よりさきに控訴人が換価代金として受領した金十三万五千円を控除した残額金百四十八万三千六百三十二円相当の損害を被つて居り、なお該船舶を賃貸する場合は、月額金五万円の賃料を得ることができるので、控訴人は右船価の賠償を完全に受領し終るまで右賃料に相当する利益を喪失せしめられているわけで、以上はいずれも、検察官の本件違法な換価処分により通常生ずべき損害であるから、右各損害金及び右違法処分以後のこれに対する民事法定利息と同額の損害金の支払を求める。なお、原判示事実摘示控訴人の主張のうち叙上と牴触する部分は右のとおり訂正する。と述べ、被控訴指定代理人において、本件船舶は訴外宇辰重夫、真辺盛彦が訴外岩元喜一郎から種子島まで物品輸送の目的で一航海の約束で転借したもので、この点については控訴人の自白を援用する。訴外宇辰及び真辺は、右転貸借契約に基いて昭和二十四年一月二十二日鹿児島港において訴外岩元から本件船舶の引渡を受け、適法にその占有を取得し、同船を本件密輸出の犯行の用に供したもので、旧関税法第八十三条第一項の船舶没収の要件たる「犯人の占有」が正権原に基くことを要するものとすれば、その趣旨は、犯人が所有者の直接又は間接の信頼関係に基いて船舶を事実上支配していることを指すものと解すべく、訴外宇辰、真辺が適法に本件船舶の占有を取得した以上、その占有は正権原に基く占有であつて、契約の際密輸出に使用することの承諾を得る必要はなく、又賃借した船舶を密輸出に使用したからといつて不法占有となるわけのものではない。しかして、同月二十四日右船舶の押収前に控訴人又は訴外岩元が右転貸借契約を解除した事実はないから、訴外宇辰及び真辺は犯行当時においても、同訴外人等に対する関税法違反被告事件の裁判言渡当時においても、船長榎木栄太郎を通じ適法に本件船舶を代理占有していたもので、本件船舶は当然没収せらるべきものであつたのである。仮りに訴外岩元が右関税法違反事件の発覚直前に右賃貸借契約を解除し、訴外真辺、宇辰等から本件船舶の返還を受けたとしても、訴外岩元は、右占有取得の当時右関税法違反の事実を知つてその占有を取得したのであるから、旧関税法第八十三条第二項に該当し、訴外岩元は悪意の取得者として、やはり本件船舶の没収を免れなかつたのである。すなわち、本件船舶は破棄差戻後の第一審判決においても当然没収の言渡があつて然るべきものであつたのである。担当検察官上山佐月は本件換価処分当時、右被告事件に対する控訴審の差戻判決のあつたこと及びその内容を知つていたに拘らず、右判決における差戻しの理由に鑑み、一件記録に徴し、契約解除の事実は認められず、本件船舶が叙上の如く依然として没収可能の物件であると思料されたので換価処分をなしたのである。従つて、仮りに本件船舶が没収できない物件であるとしても、右検察官が換価処分当時において、訴外宇辰、真辺等が本件船舶を裁判言渡当時においてもなお適法に占有しており、当然没収の言渡がなされるものと思料したことについて同検察官に過失はない。又仮りに、訴外真辺が右転貸借契約の当事者でなかつたとしても、同訴外人は転借人たる訴外宇辰と共同して本件船舶を占有していたものであり、なお右共同占有の関係がなかつたとしても、訴外宇辰がこれを占有していたものである以上、訴外真辺は訴外宇辰と共犯関係にあつたのであるから、本件船舶は旧関税法第八十三条第一項に基き犯人の占有するものとして没収を免れなかつたものである。本件換価処分については裁判所の許可は得ていないが、本件船舶そのものは証拠物として提出したものではなく、単に差押目録だけが証拠として提出されたに過ぎないのであるから、依然として検察官が押収保管していたもので、かような船舶につき滅失等の虞がある場合には検察官において裁判所の許可を得ることなくしてその換価処分をなすことができるのである。仮りに、この場合裁判所の許可を得ることを要するものとしても、本件換価処分当時においては一般に検察庁においては裁判所の許可を要しないものとして取扱うのを通例としており、消極に解することも亦一理あるから、裁判所の許可を得ないで本件船舶を換価処分した検察官にはなんらの過失もなかつた。又仮りに右許可を得べきものであるとしても、当時本件船舶は滅失毀損の虞があつたのであるから、本件の場合検察官の申請があれば当然許可さるべき状態にあつたもので、右許可を得なかつた瑕疵と控訴人主張の損害との間には因果関係がない。なお仮りに、本件換価処分が違法であり、検察官に過失があつたとしても、本件船舶の右換価処分当時における時価は金十万円前後に過ぎなかつたものであるが、控訴人は既に換価代金十三万五千円を受領しており、本件船舶による得べかりし利益は右船価のうちに当然包含せられているのであるから、結局控訴人にはなんらの損害もなく、被控訴人において本件損害賠償の義務を負うべき理由はない。と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

<証拠省略>

理由

訴外宇辰良重夫、真辺盛彦、前田豊、清宮良は共謀の上、昭和二十四年一月二十二日午後三時頃から同六時頃までの間に、鹿児島港内海運局下岩壁において、控訴人所有の漁船第三福吉丸に同訴外人等の貨物を積込み、同日午後九時頃同所を出航することにして税関の検査と免許を受けないで、北緯三十度以南の奄美大島に向け貨物の密輸出を図つたため、同月二十四日右第三福吉丸は右関税法違反被疑事件の証拠物件として税関官吏の差押を受け、同月二十九日税関官吏から鹿児島地方検察庁検察官へ事件が告発されたので、これと共に右第三福吉丸も同庁検察官に引継がれたが、右関税法違反事件については、その後検察官の起訴により鹿島地方裁判所において審理の結果、同年五月三十日右訴外人等に対し、いずれも有罪の判決言渡があり、右船舶については没収の言渡があつたところ、右清宮良を除く爾余の訴外人等は、右判決を不服として福岡高等裁判所宮崎支部に控訴した結果、同庁において昭和二十五年十二月二十五日控訴被告人等に関する部分を破棄し、事件を鹿児島地方裁判所に差戻す旨の判決があり、右差戻を受けた鹿児島地方裁判所では、昭和二十七年七月二十三日当該被告人等に対し有罪判決を言渡したが、右船舶を没収する言渡はこれをなさず、右判決は当時確定したこと、これより先、鹿児島地方検察庁検察官上山佐月は、同年二月十二日刑事訴訟法第二百二十二条第百二十二条により右船舶の換価処分をなす旨の命令をなし、同年三月七日同検察官の指揮により鹿児島税関支署山川監視署において一般競争入札の方法により公売に附され、同日最高価格金十三万五千円の入札者訴外園田時義の入札が有効と認められ、同訴外人に売却されたため、本件船舶は右確定判決により押収を解かれたものの、その換価代金十三万五千円が当時控訴人に還付されたに過ぎなかつたことは当事者間に争いがない。

そこで、先ず本件船舶が換価処分に適する没収可能の物件であつたか否かを、その占有関係について考察すると、右占有関係の基礎につき、被控訴人は控訴人の賃貸借である旨の自白を援用するけれども、控訴人は右主張に先立ち傭船契約の内容たる事実関係を主張するので、直ちに右援用の効果を認めることはできない。ところで、成立に争いのない甲第十一乃至第十五号証、乙第一乃至第三号証、同第十、第十一、第十三号証に、原審証人榎木栄太郎、原審及び当審証人岩元喜一郎(原審の分は第一、二回)の各証言を綜合すると、控訴人は本件船舶を訴外岩元喜一郎に管理させていたところ、訴外岩元は船長として訴外榎木栄太郎を、機関長として訴外大坪光雄を各雇入れて鯖漁に従事させていたが、昭和二十四年一月中旬訴外宇辰重夫から訴外真辺盛彦等と共に種子島まで貨物を運送するため本件船舶を借受けたいとの申入れがあつたので、訴外岩元は種子島までの一航海を限り、船長たる訴外榎木栄太郎以下船員は依然自己の指揮監督の下におき、賃料を金五万円と定め、右船舶を貸切つて、右訴外宇辰、真辺等の貨物を輸送することを承諾し、当時鹿児島県高須港にあつた本件船舶を鹿児島港に廻航させたが、訴外宇辰、真辺等は前叙貨物の船積を了した後、同月二十二日午後七時頃、酒宴の席上、訴外岩元、榎本等に対し奄美大島に密輸出の企てを打明け、その承諾を求めたため、訴外岩元はこゝに始めて訴外宇辰、真辺等に欺罔されたことを知り、即時運航を拒んで前約を取消し、船長たる訴外榎木も亦出航を拒否したが、その直後右密輸出の事実が官憲に発覚した旨船員の通知に接した事実を認めることができる。成立に争いのない甲第五号証の一乃至三、同第十七号証、乙第十二、第十五号証を以てしては右認定を左右するに足らず、他に右認定の妨げとなる証拠はない。されば、訴外岩元と訴外宇辰間の右契約は船舶賃貸借契約ではなく、種子島までの一航海を限り船腹の全部を貸切つて貨物の運送を引受ける旨のいわゆる全部傭船契約であつたことが明らかである。従つて、本件船舶は右契約の前後を通じ依然として船長たる訴外榎木栄太郎がこれを占有していたもので、訴外宇辰、真辺等が占有していたものではなく、且つ、右契約の取消により、訴外宇辰、真辺等は右傭船契約に基く権利さえもなかつたものといわざるを得ないのである。すなわち、本件船舶は旧関税法第八十三条第一項の没収の要件である「犯人の占有に係るもの」ではなく、犯人以外の者の所有し占有する船舶であるから同条項によつてはこれを没収できないばかりでなく、犯罪の後犯人以外の者がこれを取得した場合にも当らないから同条第二項によつてもこれを没収し得べきではなく、従つて、刑事訴訟法第百二十二条による換価処分の対象となるべきものではなかつたのである。

次に、本件換価処分に対する検察官の過失の有無について審按すると、本件換価処分当時、担当検察官上山佐月は、訴外宇辰、真辺等に対する関税法違反被告事件につき、控訴審の差戻判決の内容を知つていたに拘らず、裁判所の許可を得ることなく右換価拠分をなしたことは被控訴人の認めて争わないところで、成立に争いのない乙第四、五号証によれば、右控訴審の判決においては、前認定と異り訴外岩元と訴外宇辰間の契約を傭船契約でなく賃貸借であるとなした第一審判決の認定に基き、旧関税法第八十三条第一項の「犯罪行為の用に供した船舶で犯人の占有に係るもの」を没収するには、裁判言渡当時の船舶に対する占有関係を基準とすべく、且つ、その占有関係は正権原に基く場合に限るとの前提の下に、原判決言渡当時、本件船舶に対する叙上の意味における占有は右関税法違反被告事件のいずれの被告人にも属しなかつたのであるから、原判決がこれを没収したのは法令の適用を誤つたものであるとして、右破棄差戻の判決をなしたことが認められるのである。そこで、しばらく訴外岩元と同宇辰間の右契約を賃貸借契約であり、従つて、本件船舶の占有が一旦訴外宇辰に移転したものと仮定してこの点の考察を進めることとする。思うに、旧関税法第八十三条第一項の「犯罪行為の用に供した船舶で犯人の占有に係るもの」か否かは、これを同条第二項の「犯人以外の者犯罪の後前項の物を取得したる場合において其の取得の当時善意なりしことを認むる能わざるときは其の物を没収す」との規定に鑑みれば、裁判言渡当時を標準としてこれを判断すべく、且つ、同法条は取締の必要上没収の対象物を一定の占有物にまで拡張したに止まり、没収の附加刑たる性質を変更する趣旨でないことは明らかであるから、右占有関係は正権原に基き適法に開始せられた場合に限るものと解しなくてはならない。ところで、控訴人主張の如く訴外榎木栄太郎が訴外宇辰から本件船舶の返還を受けた事実は認められないにしても、訴外宇辰等の本件船舶の占有は、前認定の如く、同訴外人が管理人である訴外岩元に対し、奄美大島に向け貨物の密輸出をなす意図を有しながらこれを秘し、種子島まで輸送する旨を告げて同訴外人を欺罔し、よつて船舶の貸与を承諾させその占有を取得したのであるから、右宇辰の行為は刑法上の詐欺行為であり、よつて取得した本件船舶の占有が正権原に基く適法なものといえないことは窃盗、脅迫等によつてその占有を取得した場合となんら選ぶところはないのであつて、これを当初正権原に基き船舶を賃借占有して適法に海上企業をなしていた者が、偶々関税法違反の罪を犯した場合と同一に論ずることはできないのである。なお右宇辰等の所為が詐欺罪を構成しないとしても、訴外岩元は訴外宇辰等の詐欺事実を知り、これを理由として契約を取消したことは前認定のとおりであるから、右賃貸借契約が取消されたこととなり、右賃貸借契約に基く訴外宇辰等の本件船舶の占有は当初から無権限に帰したものといわねばならない。されば、右契約を以て賃貸借契約であつたと仮定しても本件船舶はこれを没収し得べきでなく、従つて、換価処分をなし得べきではなかつたのである。しかも、以上の事実は右被告事件の記録中にある前顕甲第十一乃至第十五号証、乙第一乃至第三号証、同第十号証だけによつても十分に認め得られるところであるから、この点につき注意を怠らなかつたとすれば当然本件船舶が換価処分の目的となり得ないことに気付いた筈である。検察官上山佐月が、右差戻判決の理由が本件船舶の没収の適否にあつたことを知りながら敢て本件換価処分の挙に出でたことは、この点に関する事実関係の調査が不十分であつたか又は関係法令の解釈を誤つたことによるものというの外なく、このことは、右契約が傭船契約で船舶の占有は依然として船長にあり、訴外宇辰にはなかつたことに思い至らなかつた点を除外しても、なお同検察官に過失ありといわざるを得ないのである。次に関税法違反被告事件における検察官押収中の物件につき換価処分をなすには、当該被告事件の係属する裁判所の許可を得ることを必要とする(最高裁判所昭和二八年(あ)第一八四〇号同三〇年三月一八日第二小法廷決定参照)のであつて、このことは検察官の押収保管に係る物件で単にその目録だけが裁判所に証拠として提出されているに過ぎない場合と雖もその例外をなすものではなく、又かような場合検察庁においては検察官が裁判所の許可を得ることなくして換価処分をすることを通例としていたとの被控訴人の主張はこれを肯認するに足る証拠がないばかりでなく、かような処理方法を以て適法と認むべき法律上の根拠はこれを見出すことができない。されば、検察官上山佐月が本件換価処分をなすに当り当該裁判所の許可を得なかつたことは違法で、亦同検察官の事務処理上の過失というべきである。

叙上のとおり検察官上山佐月は没収すべき物件でなく、換価処分の目的とならない本件船舶につき、そのことを知り得たに拘らずこれを誤解し、且つ、適法な手続を経ることなくして、敢てその換価処分をなしたもので、このことは右検察官の故意によるものではないにしても、少くともその過失に出ずるものであることを否定するわけにはゆかないのである。従つて、被控訴人国は右検察官の不法処分によつて控訴人が本件船舶の所有権を喪失したことによつて被つた損害につき、国家賠償法により賠償の義務あることは明らかである。

被控訴人は、若し右検察官が裁判所に対して換価処分の許可を申請すれば当然許可さるべきであつたから、右検察官の過失と本件損害との間に因果関係がないと抗弁するけれども、本件船舶が換価処分の目的となるべき物件でないこと前認定の如くである以上、当該裁判所はこれを許可しなかつたものといわざるを得ないので、抗弁は採用に由ない。

そこで進んで、控訴人の本件船舶の喪失による損害の額について審究すると、成立に争いのない甲第九号証、原審証人川崎泰三の証言によつて、成立を認め得る同第二号証、同是枝光治の証言によつて成立を認め得る同第三号証に、原審証人川崎泰三、川尻儀太郎、是枝光治、岩元喜一郎(第一回)の各証言、当審における鑑定人工藤壮一鑑定の結果を綜合すると、本件船舶は昭和二十二年六月二十日進水した農林五九馬力焼玉エンヂン附木造動力漁船(屯数一九、五三屯)で、船体(艤装、属具備品を除く)、機関、電気設備は各別に注文施工させたものであるが、右価格だけでも合計約九十万円に上つており、その後の物価の昂騰、原価消却等の関係を考慮し、右換価処分当時における同船の価格は、船体(艤装を含む)、機関、電気設備(発電機、配電盤、バツテリー、ソケツト口の配線費用)を合せ計金百六十一万八千六百三十二円で、同船の同時期以降現在に至るまでの賃貸料金は、修繕料を借主の負担とし、月額金五万円相当であることを認めることができる。右認定に反する乙第八号証、同第十四号証並びに原審証人丸岡順一郎(一部)、当審証人園田時義、渕村可八郎の各証言は、前顕各証拠に照らしたやすく措信し難く、他に右認定の妨げとなる証拠はない。しかして、右金額は控訴人が本件船舶の所有権を喪失したことによつて通常生ずべき損害であるといわなくてはならない。

ところで、本件につき控訴人の過失の有無について職権を以て考えると、前叙の如く本件船舶は昭和二十四年一月二十四日以降約三年の長きに亘り押収を受けた後本件換価処分がなされたのであるが、これに対し、控訴人は刑事訴訟法第四百三十条の規定する準抗告の方法を以て不服の申立をなし、その救済を求め得たに拘らず、その方途を構ずることなく、単に前叙差戻前の第一審裁判所に対し仮還付の申請をなしたことがあるに過ぎないことは成立に争いのない甲第九号証並びに当事者間弁論の全趣旨によつて認められるところで、しかも、控訴人において右救済を求めたとすれば、特に前叙差戻判決のあつた後においては、その目的を達し得たことを推測するに難くないところであると共に、成立に争いのない乙第九号証に原審証人岩元喜一郎(第一回)、丸岡順一郎(一部)の各証言を綜合すると、押収船舶の保管には多額の費用と労力とを要し、保管に不便なばかりでなく、難破、沈没、逃走等の危険を伴う場合の多いことが認められるので、右検察官も亦長期間の押収保管にあたりこれを憂慮しており、その間なんら不服の申立もなかつたので、本件換価処分の挙に出でたことを窺知することができるのであつて、これによつてみると、控訴人にも自ら救済を求めなかつた過失があつて、これがため検察官の本件不法処分を招いたものというも過言でなく、このことは加害者の責任を宥恕すべき事情存するものというべく、右控訴人の過失は本件損害賠償の額を定むるにつきこれを斟酌すべきものであるから、右各過失の程度、原因力の強弱、その他諸般の事情を考慮し、本件損害賠償の額は、前認定の本件船舶の価格より控訴人が既に受領した換価代金十三万五千円を控除した金百四十八万三千六百三十二円の半額金七十四万千八百十六円及びこれに対する右損害発生の日以降支払済に至るまで年五分の割合による損害金を附した金額を以て限度とすべく、控訴人その余の請求は失当としてこれを棄却すべきである。なお本件については仮執行の宣言をなすのは相当でないと認めるので、その申立も亦認容できない。

よつて、爾余の争点に対する判断を省き、控訴人の請求を棄却した原判決を取消し、右の限度において控訴人の請求を認容し、その余はこれを棄却するものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下辰夫 二見虎雄 長友文士)

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